大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1270号 判決

控訴人・原告 亀田伍良

訴訟代理人 佐々木敏行

被控訴人・被告 三橋多一 外一名

訴訟代理人 川島政雄 外三名

主文

原判決のうち、被控訴人木村に関する部分を取消す。

被控訴人木村は、控訴人に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和四五年一月一日から支払済まで年五分の金員を支払え。

本件控訴のうち、被控訴人三橋に関する部分を棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともこれを二分し、その一を被控訴人木村の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは控訴人に対し各自金二〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、原判決の事実摘示のとおりであるので、その記載を引用する。

理由

一、共同経営の利益配分契約に基づく請求について

控訴人は従来から農林大臣の許可(漁業法五二条)を得て中型さけ・ます・はえなわ漁業を営んでいたこと、昭和四二年度および昭和四三年度は被控訴人木村所有の第五栄福丸による同人との共同名義で右許可(昭和四三年度の許可番号は徳第七六八二号)をえたこと、以上の事実については当事者に争いがない。

ところで、成立に争いのない丙第一号証の六、七、第二号証の三、五、第三号証には、共同経営の利益配分に関する記載がみられるが、後述のとおり、控訴人は右許可の申請に際して共同経営として申請したが、実際はその取得しているいわゆる漁権(後記説明する指定漁業の許可にかかる地位あるいは利益)を被控訴人木村に賃貸したものと認められるのであつて、控訴人の主張する共同経営の利益配分契約を認めるに足りる証拠はない。

それで、利益配分契約を前提とする控訴人の被控訴人らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当というほかない。

二、賃貸借に基づく請求について

成立に争いのない丙号各証、乙第一号証および甲第一号証ならびに控訴人本人尋問(一、二回)の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人が昭和四〇年頃から控訴人単独名義で有していた前記のいわゆる漁権につき昭和四二年度は前示のとおり被控訴人木村所有の第五栄福丸による控訴人と被控訴人木村との共同名義の許可をうけ、利益折半の約束で被控訴人木村が操業してきたところ、昭和四二年一一月頃控訴人が被控訴人木村に対し右契約の破棄を申出たため争いを生じたが、結局、昭和四三年二月二二日控訴人が被控訴人に対し自己のいわゆる漁権を賃貸し、賃料を許可期間内二〇〇万円、入港の都度水揚より優先して支払うこととし、形式上は前年同様両名の共同名義で許可をうける約定をして甲第一号証を作成したことが認められる(漁業許可名義および昭和四三年度の契約が賃貸借であることは当事者間に争いがなく、当事者双方は漁業許可の賃貸借と主張しているがいわゆる漁権の賃貸借の趣旨と解される)。

これらの事実によると、前記のとおり昭和四三年度も形式上は控訴人は被控訴人木村と共同名義で漁業許可を受けているが、控訴人と被控訴人木村との間の法律関係は、控訴人がいわゆる漁権を被控訴人木村に賃貸したものであることが明らかである。

ところで、被控訴人木村はいわゆる漁権の賃貸借は無効であると争うので、右賃貸借の法律効果について検討する。

漁業法は、漁業に関する権利として漁業権を認めており、これは定置漁業権、区画漁業権および共同漁業権をいうものと定義している(同法六条)。そして、それは都道府県知事の免許により設定され(同法一〇条)、これを物権とみなし、土地に関する規定を準用することを明らかにし(同法二三条)、一定の制限の下にこれに抵当権を設定することを認めているほかは相続又は法人の合併による場合を除き移転の目的とすることができないものと定めている(同法二四条、二五条、二六条)。

また、漁業法は、水産資源の繁殖の保護又は漁業調整その他公益上の理由から、漁業許可制度を採り入れており、船舶により行なう漁業で政令で指定されるものすなわちいわゆる指定漁業については、船舶ごとに許可を受けなければこれを営むことができない旨を定めている(同法五二条一項)。本件中型さけ・ます・はえなわ漁業も昭和三八年政令第六号により右の指定漁業の一とされているものであるが、その許可の性質は行政法学上のいわゆる一般禁止の特定解除と解され、これについては漁業権に関する前記六条、二三条ないし二六条のごとき規定はおかれていない。そして、その許可は、相続もしくは法人の合併による場合のほかは当然に許可を受けた者の地位が承継されないとされており(同法六二条)、漁船の売買や賃貸借等使用権の設定については従来の事業の共同経営化、法人化等の一定の場合に限つて新たにこれを許可するものと定めている(同法五九条の二)。

かように、指定漁業の許可を受けて特定の漁業を営むことができる地位は、もとより実定法上の権利ではないが、最近新規の許可が制限されていることと許可漁業が超過利潤を生むでいることにより、右地位は事実上一種の財産権として取扱われ、広く「漁権」と呼ばれて売買され、漁船金融の担保とされていることが公知の事実であり(水産庁編「新漁業法の解説」三七頁参照)、また、中小漁業振興特別措置法では右漁権を出資資産と定めていることが明らかである(同法六条、同法施行令五条六号)。

以上のような漁業法上の取扱いや取引の実態をふまえて考えると、いわゆる漁権は、漁業権と異なり、実定法のうえでは私人間の売買や賃貸借についてなんら法的な規制が設けられていないものと解されるので、いわゆる漁権の売買や賃貸借は特段の事由がない限り私人間では有効なものというべきである。勿論、いわゆる漁権の売買や賃貸借が私人間で有効であるといつても、許可の効力はこれを受けた者にだけ及ぶのであつて、その許可を受けた者よりいわゆる漁権の譲渡や賃貸を受けた者に当然にその効力が及ぶものではなく、また、いわゆる漁権の譲渡や賃貸を受けた者が漁業を営むために新たに漁業許可を申請しても当然に漁業許可が受けられるものではないから、新たに漁業許可を受けないで漁業を営めば当然に無許可漁業として処罰を受けることになることはいうまでもないことである。つまり、いわゆる漁権の私人間の取引の効力と漁業法上の漁業許可の効力ないしその及ぶ人的範囲とは別個の問題であり、漁業許可の効力が許可を受けた者以外に及ばないからといつて、いわゆる漁権の私人間の取引の効力まで当然に全面的に否定すべきことにはならない。新しい漁業許可の難易は、右漁権の取引を進める要因となるものであり、そして漁業許可の権利化の弊害は別途に対策が講ぜられるべき問題といえる。

そこで、本件の賃貸借の効力について検討するに、控訴人が被控訴人木村と共同経営を装い両名の共同名義で許可を受けている以上、実質的に共同経営でないとしてもそれは許可手続の適否に関し問題となるにとどまり、右許可の効力は被控訴人木村に対しても及んでおり、他に本件賃貸借の効力を否定しなければならないような特段の事情がないので、これを有効と解すべきである。そうすると、前認定のとおり、控訴人は被控訴人木村に対し本件のいわゆる漁権を昭和四三年度の漁業期間について賃料二〇〇万円、入港の都度水揚により優先して支払う約定で賃貸しているのであるから、控訴人が被控訴人木村に対して右賃料二〇〇万円およびこれに対する履行期限後であることが明らかな昭和四五年一月一日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを求める本訴請求は正当といえる。

なお、控訴人は被控訴人三橋に対して、被控訴人木村の右債務を保証しているとして保証債務の履行を求めている。成立に争いのない甲第一号証には、被控訴人三橋が保証人として署名捺印しているが、控訴人本人尋問の結果に徴しても、右文書の趣旨が保証であるかどうか必ずしも明確でなく、かえつて被控訴人三橋の本人尋問の結果によると、右文書の趣旨は、被控訴人木村がいわゆる漁権の賃貸借の期間満了後に速かにその返還を履行することを被控訴人三橋において控訴人のために尽力することを約したものと解され、被控訴人三橋が同木村の賃料支払いを保証したと認めるに足りる証拠はない。そうすると、控訴人の被控訴人三橋に対する請求は失当というほかない。

三、よつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人木村に関する部分について正当であるので認容すべきであるが、被控訴人三橋に関する部分は失当として棄却すべきである。右と異なる見解のもとに本訴請求を全部棄却した原判決は失当であり、本件控訴は一部理由があるから、原判決のうち被控訴人木村に関する部分を取消して、控訴人の被控訴人木村に対する請求を認容し、被控訴人三橋に関する控訴は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤利之 裁判官 小山俊彦 裁判官 山田二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例